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billabong

ぼちぼち思うことを書いていきたいと思います。 *^ー^*

靖国問題 パート1 政治に利用される靖国神社 

去年のNHKの靖国神社のドキュメンタリーを
見てから、気になっていた靖国神社のこと。
哲学者の高橋哲也著書の「靖国問題」
(ちくま新書2005年)を読んだ。

この本では、感情、歴史認識、宗教、文化、
国立追悼施設と5章にわけ靖国問題を
分析していて、何が問題なのかを、硬い問題
なのに読者にわかりやすく書かれている。

まず、私が今まで聞いた事もなかった戦前からの
靖国神社と、靖国神社がつくりあげた戦没者に
対する感情と一様でない遺族の感情から始まる。

日本植民地下で、日本兵として無理やり戦争に
行った韓国や台湾の人たち。
戦死通知も長年なく、10年以上すぎてからの一通
の「合祀しました」の靖国からのお知らせが届く。

韓国や台湾の遺族が靖国神社に合祀のとりさげを
求めると、

日本兵として亡くなったのだから、
「取り下げはできません。」という靖国神社。

あくまでも彼らを日本兵として主張し、そのような
扱いをするなら、日本兵の戦死者に与えた恩給と
同等の恩給を国は支給すべきだと思うが、それはない。

そして、靖国神社は、自分達の都合のよいように、
その都度、国が決めた事と国のせいにしたり、宗教
法人だから軍事色はないなどと、言い訳する。

そして、国もその都度、靖国神社を政府の都合のよい
ように利用してきた。
長年、戦争の政府にとって都合の悪い情報が公開されず、
また、都合の悪い情報は大手メディアから流れないの
だから、靖国神社も自民党に都合のよいように使われ
いる。

靖国問題 パート2につづく・・


下記に本の中で、気になった事を
抜粋しておきます。

================
植民地支配のための日本軍戦死者の合祀

1875年「台湾出兵の戦没者」12人

1876年 「江華島事件の戦没者」1人

1882年「朝鮮京城事件」(壬午の変)
       遭難者 12人

1885年「朝鮮京城事件」(甲申の変)
       戦死者 6人

1896年、5月、11月、98年11月、
99年5月、1月
「日清戦役ならびに台湾・朝鮮に
 おける戦死者」総計1024人

1900年「暴徒討伐中の台湾守備隊
    戦没者」1人

1909年5月、10年5月
「韓国暴徒鎮圧事件の死没者」159人

1911年「朝鮮暴徒事件の死没者」27人
 および「台湾における擾乱鎮撫の際
     の死没者」総計604人

1913年10月、15年4月
「台湾における擾乱鎮撫の際の死没者」
 総計131人

1920年「満州鄭家屯事件の戦没者」
    11人

1921年「台湾における擾乱鎮撫の際の
    死没せる警察官」13人

1932年 「台湾霧社事件の死没者」28人
(P92)

靖国神社が公表しているところによれば、
(2001年10月現在)
台湾出身の合祀者:28,863人
朝鮮出身者の合祀者:21,181人
(P93)
*******************

合祀絶止の要求は、旧植民地出身者の
遺族より先に日本人遺族から出された。

1967年、プロテスタントの角田三郎牧師は、
遺族として「明治以来はじめて」、靖国
神社にふたりの兄が祀られているのを
取り消してほしいと「霊璽(れいじ)簿
抹消要求」を行ったが、拒否された。

その後も「キリスト者遺族の会」として、
合祀絶止を求めてきたが、靖国神社は
拒否しつづけている。・・・

靖国神社の論理によれば、合祀はもっぱら
天皇の意志」により行われた
ものであるから、いったん合祀されたものは、
「A級戦犯」であろうと、旧植民地出身者であろうと、
遺族が望んでも決して取りさげることはできない。

遺族の感情は無関係であり、完全に無視するという
ことなのだ。
(P99-100)
******************

2004年4月福岡地裁判決
首相の靖国参拝について違憲判決

判決文から一部抜粋
(読売新聞2004年4月7日夕刊より)

靖国神社は、神道の教義を広め、春秋の例大祭
や合祀祭等の礼拝施設を備える神社であって、宗教
団体(憲法20条1項後段、宗教法人法2条)に該当
するものであり、同法に基づいて設立された
宗教法人である。

本件参拝は、このような靖国神社の本殿等において、
一礼して祭神である英霊に対して畏敬崇拝の心情を
示すことにより行われた行為であるから、

靖国神社が主宰するものでも神道方式に則った参拝
方式でもなく、また、靖国神社に合祀されている者
の追悼を主な目的とするものではあっても、宗教
とのかかわり合いをもつものであることはできない。

また、本件参拝当時、内閣総理大臣が国の機関として
靖国神社に参拝する事については、他の宗教団体から
だけではなく、自民党内及び内閣内からも強い反対
意見があり、国民の間でも消極的意見が少なくなかった。

こうした中で、被告小泉に内閣総理大臣として靖国
神社に参拝する強い意思を有していることが
うかがわれたことからすれば、

単に社会的儀礼として本件参拝を行ったとは言い難く、
また、国の機関である内閣総理大臣として戦没者の
追悼は、靖国神社への参拝以外の皇位によっても
なし得るものである。

靖国神社が特に戦没者のうち軍人軍属、純軍属のみを
合祀の対象とし、

空襲による一般市民の戦没者などは合祀の対象として
いないことからすれば、

内閣総理大臣として第2次世界大戦による戦没者の追悼
を行う場所としては、宗教施設たる靖国神社は必ずしも
適切ではないというべきであって、[中略]

それにもかかわらず、すでに本件参拝を含めて4回も
内閣総理大臣として靖国神社に参拝している事に
照らせば、

憲法上のこと及び、国民または諸外国からの批判等
があり得る事を十分に承知しつつ、あえて自己の信念
あるいは政治的意図に基づいて本件参拝を行ったもの
というべきである。

そして、本件参拝は、将来においても継続的に参拝
する強い意志になしたものであること、

本件参拝直後の終戦記念日には、前年の2倍以上の参拝者
が靖国神社に参拝し、閉門時間が1時間延長されたこと
などからすれば、

本件参拝によって神道の教義を広める宗教施設である
靖国神社を援助、助長、促進するような効果をもたら
したというべきである。

以上の諸事情を考慮し、社会通念に従って客観的に判断
すると、本件参拝は、憲法上の問題があり得ることを
承知しつつされたものであって、憲法20条3項によって
禁止されている宗教的活動にあたると認めるのが相当で
ある。

(P110-112)

反戦彫刻家ケーテ・コルヴィッツの
「死んだ息子を抱く母親」というブロンズ像が

ドイツのベルリンにあるノイエ・ヴァッヘ
(国立中央戦争犠牲者追悼所)にある。

ドイツ人が
「自らの国が行った戦争を誤った戦争として否定し、
その死者を「英雄」としてではなく
「犠牲者」として哀悼する」

戦没者追悼施設として高く評価されている。

そこには、ドイツ人と非ドイツ人、軍人と民間人を問わず、
ナチスの支配下で死んだすべての人々を
「戦争と暴力支配の犠牲者」として追悼する碑文がある。
(P219-220)

====================
タバスコさんの「記憶と追悼シリーズ」に
碑文が載っています。
とてもいい碑文なので、よってみてください。
http://www.mypress.jp/v2_writers/tabasco/idx/?mycategory_id=40035

===================
「2泊3日台北ツアー」の最後に日本統治
時代に犠牲になった台湾の原住民のこと
上記の本がら抜粋して載せています。
http://www.mypress.jp/v2_writers/wallaby97/story/?story_id=1491861

関連ブログ
蟻の兵隊
http://www.mypress.jp/v2_writers/wallaby97/story/?story_id=1484466

満蒙開拓団と中国残留孤児
http://www.mypress.jp/v2_writers/wallaby97/story/?story_id=1486945

沖縄から
http://www.mypress.jp/v2_writers/wallaby97/story/?story_id=1470133

8月といえば
http://www.mypress.jp/v2_writers/wallaby97/story/?story_id=1462630

君が代、靖国、自衛隊派兵・・・小泉さんの説明責任は?
http://www.mypress.jp/v2_writers/wallaby97/story/?story_id=1494700
===========
靖国問題 パート2 
死は如何なる意味でも賛美されてはならない
http://www.mypress.jp/v2_writers/wallaby97/story/?story_id=1534117
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コメント

ドイツの追悼

>ドイツのベルリンにあるイイエ・ヴァッヘ
>そこには、ドイツ人と非ドイツ人、軍人と民間人を問わず、ナチスの支配下で死んだすべての人々を「戦争と暴力支配の犠牲者」として追悼する碑文がある。
これにはこれで、ホロコーストの被害者などの側から、被害者の我々をナチスの人達と一緒に追悼するのはおかしいという批判や別々に追悼するべきだという反対運動があるようです。
なかなか難しい。
kusukusu #79D/WHSg URL [2006/09/26 09:07] edit

いきなり200万人もの

1952年、太平洋戦争でなくなった兵士200万人を
大合祀した
ほぼ全死者数だ
なんか、むちゃむちゃやってる点では
核燃サイクルと重なる
>イイエ・ヴァッヘ
ノイエ・ヴァッヘ (新しい、衛兵の詰め所)という
意味です
タバスコ #79D/WHSg URL [2006/09/26 10:53] edit

靖国神社の存在理由

靖国神社はいったい何の為に戦没者を祀っているのか?
少なくとも戦没者自身や遺族の為で無いことだけは確かです。
かつての侵略戦争を美化し、似非宗教法人であることを誤魔化すために戦没者の魂を勝手に人質にとっているといったところでしょうか。
GHQの大きな間違いは、天皇の戦争責任を不問にしたことと、靖国神社の存続を認めたことだと思います。
電気猫 #79D/WHSg URL [2006/09/26 22:59] edit

RE

kusukusuさん
>これにはこれで、ホロコーストの被害者などの側から、被害者の我々をナチスの人達と一緒に追悼するのはおかしいという批判や別々に追悼するべきだという反対運動があるようです。
ヒトラー政権に従ったドイツ人達とホロコーストの被害者が一緒に追悼されたくないということでしょうか?
ドイツでは、靖国のように遺族が絶祀を依頼した場合、遺族の意志を尊重し、たぶん応じてくれるような気がします。
この追悼施設の重要な碑文は、「自らの国が行った戦争を誤った戦争として否定」というところにあると思うのですが。
あずーる #79D/WHSg URL [2006/09/27 02:49] edit

RE

タバスコさん
また、タイポの指摘ありがとう!
タバスコさん、ドイツ語もできるんだね〜 すごぉ!
(グーテンタークで すでに挫折した あずーるです。^^;;)
>1952年、太平洋戦争でなくなった兵士200万人を大合祀した
一方的に遺族の了解もなく、合祀したんですよね。
そのころは、まだ靖国教を国家がおしつけていたのでしょうね。情報も全てコントロールして、キリスト教徒も仏教とも関係なく祀ってしまった。
>ほぼ全死者数だ
そうなの?
その数は、東南アジアで亡くなった日本兵として戦争にまきこまれた朝鮮、台湾の人は入っていないんだよね。
あずーる #79D/WHSg URL [2006/09/27 02:58] edit

RE: 靖国神社の存在理由

電気猫さん
>靖国神社はいったい何の為に戦没者を祀っているのか?
少なくとも戦没者自身や遺族の為で無いことだけは確かです。
かつての侵略戦争を美化し、似非宗教法人であることを誤魔化すために戦没者の魂を勝手に人質にとっているといったところでしょうか。
そのとおりだと思います。魂を勝手に人質にとるという表現がぴったり!
>GHQの大きな間違いは、天皇の戦争責任を不問にしたことと、靖国神社の存続を認めたことだと思います。
ただ、天皇が戦争責任をとって処刑されていたら、日本はどうなっていたでしょうね?
靖国神社は、GHQがいなくなったら勝手に都合のよいように存在理由をかえている。そして、それが政治家に都合のよいように利用された(今もされている)というところでしょうか。
朝鮮戦争のおかげで、戦犯になるはずの軍部の幹部が、GHQによって自衛隊の前身の警察予備隊の幹部に残されてしまったのも大きな間違いです。
朝鮮特需によって、産業界も成長したのですが・・・。
戦犯の議員も含む自民党1党支配により、長い間、所得倍増計画などによって人々は、経済発展だけを目標に、戦争責任について、考えもせず、正しい情報も得ず、教育もされず、ただ働くことに専念させられていたという具合でしょうか。
あずーる #79D/WHSg URL [2006/09/27 03:11] edit

ノイエ・ヴァッヘ

ノイエ・ヴァッヘに対する反対については、こないだ毎日新聞に出ていたんだけど、あの記事を切り抜いておかなかったな。
たしかに現在のノイエ・ヴァッヘは靖国神社とは異なり、戦争を否定し反省する碑文もありますから、靖国神社とは同一視できないのですが、しかしもともとはノイエ・ヴァッヘはナチス時代に戦没兵士顕彰施設だったのです。そういう場所が残っていること自体に抵抗があるのではないでしょうか?
関連するものを探したら、以下の論文「靖国問題の本質」、参考にどうぞ。
http://home.owari.ne.jp/~fukuzawa/yasukuni.htm">http://home.owari.ne.jp/~fukuzawa/yasukuni.htm
(以下、引用)
ただ、ナチスドイツと日本は例外だった。ドイツのベルリンには「ノイエ・ヴァッヘ」という国立の戦争犠牲者追悼施設がある。これがナチス時代は「戦争のための戦没兵士顕彰施設」として大いに威力を発揮した。
 第一次大戦後、靖国神社もまたドイツのノイエ・ヴァッヘとならんで、戦没者の英霊化を最大限押し進め、あらたな戦争へと国民を動員して行くことに成功した。他の西洋諸国が英霊の賛美が平和の障害になると考えだしたとき、日本とドイツはこれをむしろ大々的に推進し加速させたわけだ。
 第二次大戦後、敗戦国となったドイツはこの時代錯誤に気付いた。ノイエ・ヴァッヘは現在、ドイツ人・非ドイツ人、軍人と民間人を問わず、ナチスの支配下で死んだすべての人々を「戦争と暴力支配の犠牲者」として追悼している。
 靖国神社がいまだに日本軍人・軍属のみを祀り、A級戦犯まで英霊として祀っているのに対して、ノイエ・ヴァッヘは、「自らの国が行った戦争を誤った戦争として否定し、その死者を英雄としてではなく犠牲者として哀悼する施設」として明確に位置づけられている。
kusukusu #79D/WHSg URL [2006/09/27 18:17] edit

ドイツの戦没者追悼は靖国とどう違う

僕が見たのは別の記事でしたが、ネットで検索したら以下のものはありました。ブログにのっていたもので新聞名は書かれていませんが。
これによると、「追悼の対象に主要な戦犯やヒトラーの親衛隊員などは含まれていない」とありますが、そこらへんはどうなっているのでしょうか?
(以下、引用)
ドイツの戦没者追悼は靖国とどう違う
 自民党の総裁選でも争点の1つに挙げられる靖国神社参拝。日本と同じく第二次世界大戦で敗戦国となったドイツでは、戦没者への追悼は、どのように行われているのでしょうか。ドイツ中央追悼施設を取材しました。
 死んだ息子を抱く母親の像。ドイツの中央追悼施設「ノイエ・ヴァッヘ」は、この母子像が施設のすべてです。
 ここでは、敵味方を問わず、戦争で亡くなった兵士や民間人、戦争の犠牲となったあらゆる人々を追悼しています。政治犯やユダヤ人、旧東ドイツで迫害された人も対象です。
 ノイエ・ヴァッヘは、1993年、東西ドイツの統一をきっかけに誕生しました。追悼の対象とされているのは、「戦争と暴力支配の犠牲者すべて」。ドイツ政府はここに、第一次大戦で息子を、第二次大戦で孫を亡くした女性芸術家、ケーテ・コルビッツがつくった母子像だけを据えたのでした。
 「この像が人の心を動かすのは、人の苦悩と、苦悩を味わった人間への追悼がテーマだからです。国籍などは大きな意味を持ちません」(フンボルト大学・歴史学 デンプス元教授)
 戦後60年だった去年の終戦記念日には、大統領や首相が追悼に訪れました。しかし、ナチスドイツの侵略を受け、多大な犠牲を払った隣国のポーランドも、こうしたドイツの追悼のやり方を評価しています。
 「ノイエ・ヴァッヘがドイツとポーランドの関係で問題になったことはありません。この40年で許し合う文化が存在しているのです」(ポーランド人雑誌編集長 ケルスキ氏)
 ドイツの歴史学者は、追悼の対象に主要な戦犯やヒトラーの親衛隊員などは含まれていないと話します。
 「ナチス時代の犯罪があまりに重大だったので、ドイツ国民はニュルンベルク裁判を受け入れています。ノイエ・ヴァッヘで加害者の追悼はしていません」(フンボルト大学・歴史学 デンプス元教授)
 被害者の分類をせず、すべての戦争犠牲者を追悼するノイエ・ヴァッヘ。戦犯を排除する規定はありませんが明らかな加害者は対象外ということが既に定着しています。ただ、対象を明確にしないその姿勢がかえって追悼施設としての重みをそいでいるとの声もあります。
 開設から13年、様々な議論をよそに、施設はすっかり街に溶け込み、訪れる人々に戦争の愚かさと平和の大切さを静かに訴えかけていることだけは確かなのです。(13日18:15)
kusukusu #79D/WHSg URL [2006/09/27 19:05] edit

RE

kusukusuさん
紹介のサイトまた、ゆっくり行ってみますね。
>そういう場所が残っていること自体に抵抗があるのではないでしょうか?
どうなんでしょう?
上の記事の本では、その時代時代の国家の政治イデオロギーによって大きくノイエ・ヴァッヘは性格をかえてきたと記載されています。
引用===
ワイマール共和国時代にはプロイセン州立戦没者追悼所となり、ナチス時代は「戦争のための戦没兵士顕彰施設」なり、ドイツ民主共和国(東ドイツ)時代には「ファシズムと軍国主義者の犠牲者のための警告追悼所」となり、そしてドイツ連邦共和国への再統一のさいに現在のような施設になった。
・・・
「こっかによる追悼が戦争の否定に結びつく可能性をもつ」とはいっても、ドイツはすでにコソボ紛争にさいして海外での武力行使に踏み切っているのだ。
========
時代によって施設がかわったり、国旗や国家がかわったりするドイツと、日本人の靖国神社への感情とはずいぶん違う気がします。
あずーる #79D/WHSg URL [2006/09/27 19:16] edit

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靖国神社と戦死者の追悼について

靖国神社について他で議論したら少し、思考が整理されたので、まとめてみます。まずあの戦争をどうとらえるのかということですが、過去の戦争について考えるのは、今の視点からではなく当時の視点で考えてみることが必要かもしれません。僕らはあの戦争が負けて悲惨な結果に終わったことをすでに知っていますが、リアルタイムにそこで生きていた人はそうではなかったし、そこにはある側面では「正義」の論理があったのかもしれません。つまり、当時、「靖国で会おう」と誓いあって戦場で散っていった多くの兵士たちがいたことは事実です。...
地球が回ればフィルムも回る [2006/09/26 09:14]

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