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billabong

ぼちぼち思うことを書いていきたいと思います。 *^ー^*

タービンとデータ改ざん 

またまた原発のタービンの羽根が設計ミスと
いうニュースがありました。

北陸電力も中部電力のように日立に損害賠償
を訴えるのでしょうか?
となると、日立つぶれるんでは?

それから、東海村第2原発の安全上重要な流量計
の値が長期間にわたって実際より高く表示されて
いたニュースもあった。

原発の近くに住んでいる住民の人、自分達
自身でモニターリングしたほうがよさそう
ですね。

そうそ、この間、防災の日で防災訓練を
小泉さんもいっしょにしてたようですが、
原発災害訓練はないんですね。
それが一番、怖いとおもうのになぁ。

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日立製原発タービンの羽根損傷、設計ミスで
強度不足

 中部電力浜岡原子力発電所5号機(静岡県
御前崎市)と北陸電力志賀原発2号機(石川県
志賀町)の発電タービンの羽根が大量に損傷し、
運転が停止している問題で、損傷の原因は、
設計ミスによる羽根の強度不足とみられる
ことが、8日分かった。

 国内最新鋭の両原発は、日立製作所の新型
タービンを採用していた。

 日立と両電力は、タービンの縮小模型を
使った分析などの結果、高圧の蒸気に対する
設計上の強度が不十分だったため、運転開始
時の試験で羽根の根元に小さなひび割れが起き、
その後の100%出力運転で、こうした傷が
拡大したとの見方を強めている。

 経済産業省原子力安全・保安院では、羽根
の損傷による安全上の影響は小さかったと
みているが、今後、正式な報告を受けた上で、
対応を指示する考えだ。
(読売新聞) - 9月8日22時10分更新

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税金食い虫でチョー危険
http://www.mypress.jp/v2_writers/wallaby97/story/?story_id=1468249

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東海第2原発 データを改ざん 
9月8日 NHKニュース

茨城県東海村にある日本原電の東海第2原発
では、先月、安全上重要な流量計の値が
長期間にわたって実際よりも高く表示
されていたことが明らかになりました。

このため、日本原電が当時の関係者から
事情を聞くなど調査を進めた結果、
昭和59年の定期検査の際に必要な流量
が確保されなかったことから、当時の
担当者が検査に合格できるよう設定を
不正に変更し、国にうそのデータを
申告していたことがわかりました。

こうしたデータの改ざんは、その後の
定期検査でも繰り返され、今回問題が
発覚するまで22年間にわたって
続いていたということです。

原子力安全・保安院は、原発の安全上重要
な計器の値が長年にわたって改ざんされて
いたことを重くみて、8日、日本原電の
市田行則社長を呼び、厳重注意しました。

今回の問題について、
日本原電は「根本的な原因を調べずにデータ
を変えるという安易な方法を取ったとみられる」
と説明し、市田社長を含め役員4人の報酬を
3か月間減額する方針を示しました。

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原発耐震基準、25年ぶり改正を決定
http://www.mypress.jp/v2_writers/wallaby97/story/?story_id=1480014
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category: サステイナブル

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満蒙開拓団と中国残留孤児 

この夏は、戦争について知らないこと
ばかり学んでいる。

NHKで「満蒙開拓団の悲劇」という番組
をみた。

戦前、政府の移民プログラムで中南米に
移民として移ったが、現地に着けば、
事前に聞いていた情報とまったく違い
どうしようもない土地で、過酷な労働を
強いられた人たちの話は、よく聞くが
満蒙開拓団については、はじめて知った。
そして、満蒙開拓団が日中戦争に巻き
込まれた悲劇も。

27万人の満蒙開拓団のうち8万人が
中国の満州で亡くなった。

当初の開拓団には模範市民が選ばれた。
しかし、開拓団が最初に送られた
吉林省の地は、伝えられていたこと
と全く違い、反政府ゲリラ、匪族が
いて治安は悪いし、冬は、氷点下
30度にもなる極寒の地。

日本政府は、開拓団を武装農民
とし、満州国のソ連軍の侵略に
人間の盾として利用したのである。

他の地域では、政府が強引に安く
中国人から買い取った地で
開拓団は、開拓などする必要なく
豊かな土地で農作物を作った。

それも、つかの間、日中戦争に
巻き込まれることになる。
男性は兵士として軍部にかりた
てられ、村には年寄り、女性、
子供だけが残る。

ほとんどの関東軍の兵士は、東南
アジアへかりたてられ、開拓団を
守る兵士はいないし、司令部は
開拓団のことなど気にもせずに、
さっさと自分達だけ帰国する。

彼らを見捨てた若い兵士で、戦後
その時のことをつぐなう意味で
中国残留孤児活動を手伝って
いるという人のインタビューが
あった。

また、残っている兵士も民間人を
守ることなど、教えられていない
と民間人を助ける事もしなかった。

赤ん坊は、敵にみつかるからと
同じ日本兵に殺されたり。

ジューネーブ条約で守るべき
事どころか、人間として守る
べき最低限のことまで、
日本兵は教えられなかったのか?

残された開拓団の人たちは、命
からがら逃げ、中国人(敵なのに)
に助けられた人もいる。

そして、終戦後も、終戦ということ
を知らず、ロシア軍がきたら殺され
ると自決した人たちも多くいる。

中国人に助けられ後に帰国し残留
孤児の活動する元満蒙開拓団の
女性が元関東軍作戦参謀草地貞吾
大佐に会う事になるのだが、

草地は、自からの著書でも書いている
らしいが、
「私は逃げたんじゃない。
 陛下の命令で退進した。」
と言ったらしい。

この後、BSで
「満蒙開拓団〜ある家族の軌跡〜」を
見た。
中国残留孤児について、日本の政府が
何も責任を取っていないというのが、
この一連のドキュメンタリーでやっと
わかった。

今まで、歴史の事実を知らず中国
残留孤児のニュースだけ聞いていて
も、ピンとこず、なぜ、それほど
こだわるのかと思っていた。

この番組は、長い年月を経て、やっと
日本に帰国した残留孤児の内海さんの
話。

目の前で、母親達が日本兵に殺され、
残された自分は食べ物もなく、畑に
食べ物を盗みにはいっては、亡く
なった母親の元に帰ってたという。
想像しただけでも、ぞっとする。

そして、中国人夫婦に助けられ
たが、いつも日本人ということを
隠してビクビクと長年、中国で
中国人として暮らした内海さん。

やっと、年老いてから日本に戻れた
と思っても、世界2位の経済大国の
日本なのに、言葉も十分にできず
スキルもない残留孤児たちにとって
は、生活保障もなく普通の生活すら
できない。

「中国での暮らしのほうが豊かだった」
という彼らの言葉が、悲しすぎる。

全国で残留孤児の生活保障を求めて
訴訟がおこっているが、

厚生省は
「戦争のような非常事態に国は
 責任をおわない」と言っている
そうだ。

戦争で人生をめちゃめちゃにされ、
今も苦しむ人たちを、経済的に豊かに
なった日本なのに、政府は無視し
続けるつもりなのか?

この人たちは、年をいかれていて
もう時間がないのに。

この前みたドキュメンタリー映画の
「蟻の兵隊」の人たちの話もそうだ
が、こんな事、あまりニュースにも
ならないし、政府は このまま無視し
続けて一方的に時間切れにするつもりか?

戦後、すでに61年がすぎている。
こんな政府の姿勢が変わって、本当に
心から「美しい国」と私たちひとりひとり
が胸を張っていえる日が、一刻も早く
来る事を願いたい。

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下記は番組は逃して見ていないが
NHK の番組紹介より
2006年8月11日(金)総合テレビ

満蒙開拓団はこうして送られた
〜眠っていた関東軍将校の資料〜

今から75年前の1931年、
満州事変勃発。
その翌年から第一次満蒙開拓団の
移住が始まる。
それは、構成員が銃砲を装備した
武装開拓団だった。
ソ連との国境付近に配置された
防衛軍の役割も担っていたのである。

この派遣計画は、「満蒙開拓の父」
といわれた関東軍将校東宮鉄男
らを中心に練られた。

その東宮の移民計画書や直筆の日記など、
貴重な資料の公開が遺族から許可された。

王道楽土や五族協和、夢の別天地の名の
もと、満州に27万人が渡り、中国残留
孤児など多くの悲劇を生んだ開拓団の
移住は、日本の国策としてどのように
計画され、どのように実行に移された
のだろうか。

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満州開拓団と長野県
http://amana.hp.infoseek.co.jp/forum/ikeda.html

ある女子大教授のつぶやき
「満蒙開拓団の悲劇」
http://iiaoki.jugem.jp/?day=20060830

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下記はNHK の番組紹介より
BSドキュメンタリー
「満蒙開拓団〜ある家族の軌跡〜」
8月19日(土)BS1・後10・10〜11・00

 今年は、満州事変が勃発してから75年。
中国残留孤児の訪日調査が本格化
してから四半世紀がたとうとしている。
現在日本に帰国している孤児約2500人
のうち2000人あまりが原告となり、
国に生活保障を求めて、全国各地で
訴訟を起こしている。

 国は裁判の中で、開拓民たちが
自由意志に基づいて満州に渡った
ことを強調している。
果たして本当にそうだったのだろうか。
 
神奈川在住の内海忠志さん(64歳)
は、父が第4次開拓団として満州に渡り、
開拓村で生まれた。父の足跡をたどる中で、
満蒙開拓団がまぎれもなく日本の国策
として派遣されたことを知る。

内海さんら残留孤児だった幾つかの
家族の姿を見つめ、日中の間に
横たわる重い歳月を描く。

===========
9月30日追記
ふらっと 特集:戦後60年と人権
中国残留孤児問題
http://www.jinken.ne.jp/special/zanryu/
=========
12月2日追記
61年は長すぎる
http://www.mypress.jp/v2_writers/wallaby97/story/?story_id=1533760

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